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あれから一年が経ちました

大変ご無沙汰しています。

在りし日のももえちゃん

ももえちゃんが亡くなってから、ちょうど一年が経ちました。
その節は、みなさんにたくさんの温かいお言葉やお供花やお供えを頂戴まして、誠にありがとうございました。
すぐにお返事をしたかったのですが、このブログを開き、こうして『そのとき』のことを思い出して綴ることがつらく、難しかったので今に至ってしまいました。

この一年、子供たちは中学生となり勉強や部活に忙しく、私はヘルパーの資格をとってすぐにご縁があってデイサービスで働き始め、実に慌しい日々でした。
それでも、ももえちゃんを思わない日はありません。
毎日お仏壇に手を合わせ、季節が変わるたびに、一緒にすごしたときを思い出しては涙していました。



今日は一年前の『旅立ち』のことを綴り、自分のなかで区切りをつけたいと思います。


2月26日、その日は神戸からmillecoさん、たぶさん、cherryさん、三重からむつみさんが、ももえちゃんに会いに来てくださいました。
実はその数日前に子供たちがインフルエンザにかかり、うつしてはいけないと延期していただこうかと思ったのですが、ここのところももえちゃんが食べなくなってきていて衰弱している様子だったので延期したらもう会って頂けないだろう旨をお伝えしましたところ、遠方よりお越しくださって、ももえちゃんに元気をくださいました。

ももえちゃん、口が開かなくなってしまい水を飲むこともままならない状態でしたが、頑張ってくれました。
ももえちゃん、みなさんが会いに来てくださる日を心待ちにしていたのでしょう。会えてよかった。

みなさんがお帰りになってすぐに、病院へ連絡しましたところ、食べられなければ点滴しましょうとのことで、息が止まってしまうのではないかと恐る恐る車に乗せて病院へ向かいました。
点滴をしていただきながらこれからのことについて話しました。
誰の目にも「もうそんなに残っていない」ことはわかりましたが、私は、ただ黙って見ているのは耐えられない、何か少しでも苦しまず穏やかな最期を迎えられるようにしてあげたい旨をお伝えし病院を後にしました。

帰ってきて体を優しくなでると、輸液が漏れてきてしまいます。もう体に浸透できないくらい弱っていました。

翌日深夜1時ごろ、私が寝ようとももえちゃんに声をかけると、目に覇気がありません!
びっくりして抱きかかえると虫の息でしたので、夫に子供たちを起こしてもらい、みんなで「ももえちゃーん、死んだらいやだ!さみしいよ~。」と大きな声で叫んで泣いていますと、土色に変わっていた舌と唇がピンク色に戻り、また心臓が動き出したのです!奇跡ってあるのですね!

「生き返ったよー!」と、またまた涙し、それからはももえちゃんと手をつないで子供たちも一緒に川の字で横になって様子を伺っていました。
ただ、もう一度奇跡はないだろう・・・本当に時間がないんだな・・・。
きっと今の奇跡は、私たちが呼んだので戻ってきてくれたんだ・・・。

ぜったい寝るもんかと思っていたのに、ついうとうとしてしまい目覚めたのが5時半、ももちゃんは目を開けて私のほうを見ていてくれました。あーよかった・・・安堵しました。

学校を休む上の娘にももえちゃんを見ていてもらい、主人と下の娘の食事を用意をし、二人が家を出る前に家族みんなでもう一度最期のお別れをしました。

今度は呼び戻すようなことはしないで、「もういいんだよ、ありがとう。大好きだよ、ありがとう。またね。」と。

安らかな最期でした

それから5分後、午前7時15分ももえちゃんは本当に天国へ旅立ちました。
私の腕の中で、眠るように安らかでした・・・。
ありがとう・・・ありがとう、ももえちゃん、よく頑張ったね・・・大好きだよ・・・。


チョココルネとお別れ。
「ももえ姉さん、なに寝てるのかしら・・・。」

チョココルネとお別れ



途方にくれて放心状態でしたが、むつみさん、cherryさんとフィアンセのsugiさん、パン教室の恩師のT先生がももえちゃんを見送りに自宅に来てくださいました。
ありがとうございました。どれほど心強かったことでしょう。

みなさんから頂戴したお花にかこまれるももえちゃん。眠っているようです。

お花に囲まれて


ごはんより大好きだった御座候の大判焼きといなり寿司、頂戴したイチゴ大福をお土産に。

大好物の大判焼きと稲荷寿司、イチゴ大福



翌日夕方、ナビで火葬場へ向かいお世話になった動物病院の前を通ると、ちょうど先生と奥様が外にいらっしゃいましたのでご挨拶に寄らせて頂きました。
今思えば、その道じゃなくても行けたのに・・・ももえちゃんがそうしたのでしょう!

どんよりしながら火葬場に到着。お別れのとき号泣、一筋の煙が昇り娘と抱き合い号泣。
待っている間、4人で無言。。。

ひとすじの煙が昇っていく


お骨をあげるときに、火葬場のかたが「何歳のわんちゃんでしたか?」と尋ねたのでお答えすると、「柴犬で18さい超えて長生きされたのは、うちでは初めてだよ。お年の割りに骨がきれいに残っていて素晴らしいね。」と話してくださいました。

本当にきれいでした。ひとつ残らず持ち帰ってきました。
言われた一言でちょっぴりドヤ顔。穏やかな気持ちで帰ることができました。
最後まで親ばかな私・・・呆。

小さくなって帰ってきました


それから数日間、思い出しては泣き、抜け殻のようになった心と体を何とか動かしている状態でした。
悔いのない介護ができたかどうかはわかりません。どれが正解だったかなんてわかりません。
最期を見届けられたから・・・と自分を納得させようとしましたが、そのたびに『その瞬間』を思い出してくらくらするのです。息が苦しくなるのです。

そんなときにヘルパーの実習日があり、そこですぐに働かせていただくことになり、ぼーっとする暇もないほど生活は一変しました。
それもこれも、みんなももえちゃんが仕組んだことかも?そういうふうに配慮してくれたんだな・・・と感じます。

限りなく人間に近かった、私の最大の理解者ももえちゃん、また逢おうね。



3月の終わりに大阪のたろう君へ会いに伺ったり、愛知のぶんちゃんへ会いに伺ったり、cherryさんの結婚式や神戸女子会で柴仲間さんとお会いできたことなどなど、ももえちゃんのおかげでご縁をいただけて、みなさんには心から感謝しています。

これで私とももえちゃんのブログはおしまいです。
今まで応援して頂き、本当にありがとうございました。


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2014/02/27 00:00 | ももえちゃんCOMMENT(9)  TOP

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